割増賃金率引き上げで中小企業が抱えるリスクと対策

 

割増賃金率引き上げで中小企業が抱えるリスクと対策|月 60 時間超の時間外労働に注意!

2023(令和5)年4月より、長時間労働の見直しを掲げる働き方改革の一環で、中小企業でも月60時間超の時間外労働の割増賃金率が50%に引き上げられました。

特に人材不足にお悩みだったり繁閑の差があったりで時間外労働が増えがちな企業においては、単に人件費が増えるだけでなく、計算を誤れば未払残業代の請求額も増えるリスクがあるため、従業員の残業時間の管理がより一層重要になってきます。
こちらの記事では、札幌市近郊で使用者側の労務トラブルに注力する弁護士法人リブラ共同法律事務所の弁護士が、今回の割増賃金の引上げ内容や中小企業が備えておくべきことを解説いたします。

月60時間超の時間外労働が認められるには?

そもそも、月60時間超の時間外労働は、以下の要件を全て充たしていなければなりません。

(1)特別条項のついた36協定を締結すること

まず、どれくらいの時間になるかにかかわらず、法定労働時間を超えて行われる時間外労働そのものが労使協定により定められている必要があります(労働基準法第36条第1項、いわゆる「36(さぶろく)協定」)。さらに、月45時間(年360時間)を超える時間外労働をさせる場合には、この36協定内で特別条項として定められていなくてはなりません。すなわち、月60時間超の時間外労働はこの特別条項が定められていることが前提となります。

(2)臨時的に必要があって行われること

上記の特別条項の適用も無制限に認められるわけではなく、「当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に限度時間(月45時間、年360時間)を超えて労働させる必要がある場合」に限られます(同第5項)。

こうした臨時的な必要性が認められる例としては、以下の場合があります。

✅ 突発的な機械・システムトラブルへの対応が必要になった場合

✅ リコールなどによる大規模なクレーム対応が生じた場合

✅ 通常を大幅に上回る受注等で予期せず多忙となった場合

「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針」によれば、労働者に限度時間を超過する時間外労働をさせることができる場合については、上記の例のように「出来るだけ具体的に」定めることとされています(同指針第5条第1項)。これに対し、「業務の都合上必要な場合」、「業務上やむを得ない場合」、というような記載は長時間労働が臨時的・一時的なものにとどまらなくなるおそれがあるため認められないことも明記されています。

参考:労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針(厚生労働省ホームページ)

(3)労働基準法が定める上限時間を超えていないこと

特別条項付きの36協定を定めても、労働基準法にはさらなる労働時間の上限が設けられており、以下のいずれか一つでも超過するようなら月60時間超の時間外労働をさせることは出来ません(労働基準法第36条第5項および第6項)。

✅ 年間の時間外労働

→720時間以下

✅ 月45時間超の時間外労働ができる月数

→1年のうち6か月まで

✅ 坑内労働などの健康上特に有害な業務について、1日当たりの時間外労働

→2時間以下

✅ 1か月の時間外労働および休日労働の合計時間

→100時間未満

✅ 2か月間、3か月間、4か月間、5か月間、6か月間の時間外労働及び休日労働の合計の月平均

→いずれも1か月あたり80時間以下

 

2023年4月以降、割増賃金率はどう変化したか

使用者は、以下の場合についてそれぞれの割増率で計算した割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法第37条第1項)。

種類

割増事由 割増率

時間外労働

法定労働時間(1日8時間または週40時間)を超えて労働させた場合

25%以上
月60時間を超える時間外労働をさせた場合

50%以上

法定休日労働 法定休日に労働させた場合

35%以上

深夜労働 22時~5時の間に労働させた場合

25%以上

 

月60時間超の時間外労働の算定には法定休日の労働時間は含みませんが、それ以外の休日に行われた労働時間は含まれます。

なお、月60時間超の時間外労働が深夜時間帯に行われたら割増賃金率は25+50=75%以上となります。

上記のうち、月60時間を超える時間外労働に対する50%以上の割増賃金の支払義務(労働基準法第37条第1項但書)については、以下の中小事業主(中小企業)は法律の適用の対象から外されている状態でした(労働基準法附則第138条)。

【小売業】

✅資本金額または出資総額が5000万円以下

✅常時雇用する労働者が50人以下

【サービス業】

✅資本金額または出資総額が5000万円以下

✅常時雇用する労働者が100人以下

【卸売業】

✅資本金額または出資総額が1億円以下

✅常時雇用する労働者が100人以下

【上記以外の業種】

✅資本金額または出資総額が3億円以下

✅常時雇用する労働者が300人以下

ですが、この猶予期間も2023年3月までとされることとなり、同年4月以降はこれらの中小事業主(中小企業)も、月60時間超の時間外労働に大企業同様に50%以上の割増賃金を支払わなければならなくなりました。

割増賃金率の引上げ後、企業が取るべき対応・対策とは?

労働基準法による制限内ではありますが、従業員に月60時間を超える時間外労働をさせることは可能です。ですが、このような長時間労働は割増賃金率の引上げも相まって人件費というコストの大きな増大要因になるほか、常態化すれば労災や離職の原因にもなりえます。

とはいえ、ただ残業を控えるよう周知するだけでは、かえって従業員側から「業務量が減っていないのに『残業するな』と言われても…」という不満が上がり、士気の低下を招きやすいです。

そこで、割増賃金率の引き上げを機に会社側から積極的に時間外労働を減らすための対策を考えてみましょう。以下ではそうした対策の例をいくつかご紹介いたします。

(1)現状の労働時間を踏まえた業務の配分

まずは改めて、誰がどの程度の業務を負担し、またどの程度残業しているかを確認してみましょう。

その方法として例えば、各部署あるいは各従業員に現在の担当業務についてヒアリングする機会を設けたり、勤怠管理システムの導入でより迅速で正確な集計を出来るようにしたりすることが考えられます。そうして特定の従業員、特定の部署に業務量が偏っていることが分かれば、業務の振り分けを見直すことで会社全体の時間外労働時間を減らすことにつながります。

(2)業務内容の見直し・効率化

従業員からのヒアリングを踏まえて、それぞれの業務内容を見直して「無駄なものはないか」、「より効率的な手順を踏めないか」といった点を検討することも大切です。

業務効率化のためには、マニュアルやフローチャート作成、書面の統一による作業の均一化、ペーパーレス化や決算手続の簡略化、ルーティン化された業務や専門スキルを要する業務を外部に委託、テレワークの導入・推進、…といった手段が考えられます。

会社全体で無駄な業務を削減できれば、時間外労働の減少につながります。特に中小企業においてはなかなか手が回らない作業かもしれませんが、少子高齢化が進む中で今後も労働力の確保が課題となり続けることは確かですから、この機会に検討してみてもよいのではないでしょうか。

(3)代替休暇制度の導入

月60時間超の時間外労働が避けられない場合には、代替休暇制度の導入という選択もあります。

代替休暇は特に長時間の時間外労働をした労働者の休息の機会の確保を目的とした制度で、時間外労働が60時間を超えたことで引き上げられた分の割増賃金の支払いの代わりに有給休暇(代替休暇)の付与が認めるものです(労働基準法第37条第3項)。繁忙期があるもののそれ以外の時期に休暇を取ってもらう余裕がある業種であれば割増賃金の支払い抑制のため有効に活用できる手段といえます。

代替休暇制度の導入には労使協定の締結が必要です。また、労働者に休息を与えるという制度目的に鑑み、休暇は「1日」「半日」「1日または半日」のいずれかのようにまとまった単位で、そして、時間外労働が60時間を超えた月の末日の翌日から2か月以内に与えなければなりません。

なにより、代休の取得をするか否か(引き上げ分の割増賃金の支払いを受けるか否か)、また期間内のいつ取得するか、という点の選択について会社が従業員に強制することは出来ないことに注意しましょう。

労務トラブル防止に弁護士法人リブラ共同法律事務所の顧問契約をご活用ください

労働時間の管理や残業代をはじめとした割増賃金の支払いに誤りがあると、従業員との間の法的紛争になってしまうおそれがあります。

特に60時間超の時間外労働がある場合、2023年4月からは中小企業でも割増賃金率が引き上げられることになったため、未払残業代があればその請求額もこれまでより増えていくことになります。

そこで、この機会に社内の労務管理体制のチェックや、従業員の勤務状況に合わせた就業規則の変更について労務問題の実務に精通している専門家にご相談いただけたらと思います。

弁護士法人リブラ共同法律事務所では、労務問題の予防・解決に特化した顧問契約をご用意しております。現在の労働時間管理の方法や就業規則の問題点の洗い出しや、未払賃金請求を予防するための改善策についてアドバイスをさせていただきます。また、万が一労働審判や訴訟に至った場合には、企業の代理人として対応いたします。

参考:札幌市で顧問弁護士をお探しの方へ

参考:弁護士費用

「社内で規定を作成したものの法的に問題が無いかが心配」、「従業員に未払残業代の支払いを求められている」、といったお悩みがある札幌市近郊の企業様は、経営者側の労務問題に注力している弁護士法人リブラ共同法律事務所へぜひご相談ください。

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