業務上横領とは?|業務上横領の定義と罰則
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業務上横領とは?|業務上横領の定義と罰則
会社の役員や経理担当者等による横領行為は、会社の不祥事として会社の社会的な評価にもかかわる重大な違法行為ですが、実際にこうした業務上横領の罪を犯した当事者がどのくらいの罰を受けることになるかはご存知でしょうか?
本記事では「業務上横領」の定義や罰則について、札幌市近郊で使用者側の労務問題に注力する弁護士法人リブラ共同法律事務所の弁護士が解説いたします。
1「業務上」の横領の定義とよくある事例
業務上横領罪に該当する行為は、「業務上自己の占有する他人の物を、不法に自分のものにすること」です。
そして、ここでいう「業務」とは、「委託を受けて他人の物を占有することを内容とする事務を反復継続して行うこと」を意味します。刑法では物を自己の占有下に置いた手段・経緯により、業務上横領罪の他にも単純横領罪や遺失物等横領罪が規定されていますが、業務上横領罪は業務についての委託信任関係を害する行為であることも考慮し他の2つよりも重い刑が定められています。
【業務上横領に該当する行為の具体例】
- 出張を命じられ経費として現金を支給された従業員が出張へ行かず、経費を私的な目的で使った(いわゆる空出張)
- 商品代金の集金業務を行う営業担当者が、受け取った代金を会社には未収金と報告して自身で費消する行為
- 会社の経理担当者が会社口座から私用で金員を引き出し、そのまま自身の生活費にする行為
- 支店長が任されている支店の売上を実際の売上よりも少なく本社へ申告し、差額を支店の口座から自分の口座へ移す行為
上記4つの例のうち、①②のように物(≒財産)を事実上支配している状態は「事実上の占有」、③④のように物を処分できる権限を持っている状態は「法律上の占有」と呼ばれます。それぞれの事例をみると、いずれも事実上ないし法律上の占有が業務の内容として会社や顧客の物に及んでおり、そのうえで自分のものにしてしまっているため業務上横領に該当するということになります。
2業務上横領の量刑と裁判例の傾向
(1)量刑において考慮する要素
業務上横領罪の法定刑は「10年以下の懲役」(刑法第253条)です。罰金刑は無く、起訴されたときの求刑は必ず懲役刑となる点で重い罪といえます。ただし、さまざまな事情が考慮され執行猶予が付くケースもあります。
量刑(懲役期間、執行猶予の有無・期間を決定すること)の判断で考慮される要素の代表的なものは
- 被害金額
- 被害弁償の有無
- 前科の有無
- 行為の態様(悪質性)
- 動機
- 社会的な影響
…等があります。
(2)実際の量刑はどのくらい?~業務上横領の裁判例
被害金額が比較的少ないものから高いものの順に、実際の業務上横領の事案でどのような事情が考慮されているか、そしてどのような判決が出ているかを見てみます。
事案 | タクシー会社の労働組合書記長が組合運営資金として管理していた組合名義の預金を無断で払い戻し、自己の用途に充てた事案 |
被害金額 | 約368万円 |
求刑 | 懲役2年6か月 |
判決 | 懲役2年6か月、執行猶予4年(名古屋地裁・平成20年4月4日判決) |
裁判所は、
- (定年退職の延長に伴う)60歳を超えた組合員の在職中の闘争資金の払戻しを可能とした制度を悪用
- 払戻金を組合のその他の資金繰りだけでなく個人の借金の返済や小遣い銭に充てるなどし、さらにその穴埋めのために払い戻しを繰り返す
という手口について「大胆で悪質」と評価し、本件被害額が高額に上っていることも挙げて被告人の刑事責任は重いとしつつも、
- 前科前歴がない
- 労働組合へ300万円の一時金をすでに支払い、今後も毎月1万円ずつ返済するという内容で示談が成立した
- 妻及び雇用主が更生に助力すると述べている
といった被告人に有利に斟酌すべき事情も総合考慮し、実刑の求刑に対し、執行猶予付きの判決としています。
事案 | 銀行口座を管理するなどの業務に従事していた経理担当者が、約1年4か月の間に27回にわたり、業務上預かり保管中の会社名義の預金を自己の用途に費消する目的で払い戻した事案 |
被害金額 | 約984万円 |
求刑 | 懲役4年 |
判決 | 懲役2年(仙台地裁・平成31年2月13日判決) |
裁判所は、本件横領行為についてその常習性の高さを指摘したほか
- 担当部署の長という立場を悪用して、支払予定表を水増しするなどの犯行発覚を免れるための措置を講じていた
という行為態様を「相応に巧妙」であると評価し、
- (合計590万円余りを弁償したが)残額は未だ弁償されていない
- 犯行に至る経緯や動機に被告人に対する非難を弱める事情は認められない
ことも踏まえ、被告人の前科がないことを前提にしてもなお実刑は免れないとしました。
そのうえで求刑より短い刑期を相当と判断したのは、
- 未だ弁償されていない残額も分割で支払う姿勢を見せていること
- 配偶者が更生に協力し、(過払金返還請求訴訟により一定の金銭を得る見込みがあり、これを弁償金に充てるなどして)弁償に協力する旨供述していること
- (犯行が発覚等した後のことであるため自首は成立しないものの)被告人が自ら警察署に出頭するなどしたうえ、本件犯行の背景の一つにあるギャンブル依存への対策を取るなど、更生の意欲を示している
といった事情が考慮されたことによります。
事案 | 出納業務等の財務会計全般の業務に従事する経理担当社員が自己の用途に費消する目的で、約3年間計41回にわたり、会社名義の口座から払い戻しを受けた現金を自身の口座に入金していた事案 |
被害金額 | 約1104万円 |
求刑 | 懲役3年6か月 |
判決 | 懲役2年8か月(松山地裁・令和4年3月9日判決) |
裁判所は、本件横領行為について
- 一定期間の継続性および常習性が認められ、また被害金額が大きい
- 横領された金員は多額の服飾品購入等を含めた生活費の支払い等に使用された
- 何度も自発的に思いとどまる機会があったにもかかわらず犯行を重ねていた
という特徴を挙げ、「犯情は悪い」、「身勝手な犯行」、「その意思決定が強い非難に値する」と評価しています。ですが、
- 前科が無い
- 一貫して自身の非を認め、反省の言葉を述べている
- 被害額に比して少額と言わざるを得ないが、これまでに約15万円を弁償している
- 自身の不動産持分を会社に担保提供し、今度も弁償を継続する意思は認められる
いった状況が考慮され、執行猶予はつかなかったものの懲役刑の期間について求刑の3年6か月から2年8か月への短縮を認める判決となりました。
事案 | 宗教法人である神社の代表役員兼宮司が神社名義の定期預金を独断で解約して自身の管理する同神社名義の普通預金口座に送金したうえで、生活費や子供の学費、借金の返済費用や飲食代等の遊興費等に充当するために計24回にわたり同口座から現金を払い戻すなどしていた事案 |
被害金額 | 約1884万円 |
求刑 | 懲役3年 |
判決 | 懲役3年、執行猶予4年(福岡地裁小倉支部・平成30年3月28日判決) |
裁判所は、
- 被告人が神社の財産を適切に管理する立場にあったにもかかわらず、役員会の決議等の適正な手続きを経ることなく、銀行窓口で応対した銀行職員に虚偽の説明をして定期預金を解約する、という手口
に対して背信性が高く、犯行態様が悪質とし、また、
- 神社の管理運営を巡る他の責任役員との対立や無給で務めていたことなどの事情
については、被告人自身が神社を適切に管理運営する職務を果たすことが出来なかった結果であり、有利に考慮することは出来ないと判断しました。
もっとも、最終的に執行猶予付きの判決となったのは、
- 被害額の全額を上級庁名義の口座に入金済みである
点が大きく有利に考えられたことと、
- 前科前歴がない
- 事実を認め反省の態度も示している
- 神社の代表役員兼宮司の職を辞することが見込まれる
- 妻と二女が更生への助力約束している
といった事情から「社会内の更生」を期待されたことによるものです。
事案 | 会社名義の預金口座の管理等の業務に従事する経理担当従業員が、約6年間で約1300回、自己の用途に費消する目的で会社名義の口座から現金を払い戻し横領した事案 |
被害金額 | 約10億5569万円 |
求刑 | 懲役12年 |
判決 | 懲役10年(名古屋地裁・令和3年4月15日判決) |
先に紹介した事案よりも
- 被害額が同種事案の中で極めて巨額
- 犯行期間が長く払い戻しの回数も極めて多く、常習性が極めて高い
ものであることが分かります。裁判所はこれらの特徴に加え、
- 当時の会社の売上が年間60億円前後という会社の規模に照らすと被害会社に与えた影響は極めて大きい
- ギャンブルのための資金捻出、使い込んだ会社や妻名義の口座の穴埋めの目的で行われた
という点も挙げて、会社関係者が厳罰を望むのも当然であり、動機に酌むべき点もないと評価しています。
被害弁償という点でいうと、本件は
- 着服金のうち4500万円を自分で使い込んだ会社資金の穴埋めに充てたほか、117万円余りを被害弁償済み。さらに今後720万円を分割弁済する意欲を示している
ことが認められていますが、「被害の回復には遠く及ばない」とし、さらに
- 本件発覚後、捜査や社内調査に協力している
- 罪を認め、謝罪の意思や反省の態度を示している
- 専門病院に通院するなどしてギャンブル依存症を克服して更生の意欲を示している
- 妻が更生支援を約束している
- 前科前歴がない
といった被告人にとって酌むべき事情を最大限考慮しても、本件横領行為が悪質で被告人の刑事責任は同種事案の中で極めて重いと言うほかなく、法定刑の上限を下回るべき事情は見いだせないとして、上限の懲役10年の判決となりました。
(なお、求刑が法定刑の上限を超えているのは、検察側が被告人の横領を時期により二つの行為に分けて併合罪の成立を前提としていたことによります。これに対し裁判所は一連の横領を一つの行為、包括一罪と評価しました。)
3業務上横領の時効に注意!
(1)刑事:公訴時効
それぞれの罪は刑事訴訟法において公訴時効が規定されており、業務上横領の場合は横領行為から7年の経過で公訴の提起(いわゆる起訴)が出来なくなります(刑事訴訟法第250条第2項第4号)。そのため、公訴時効完成間際に逮捕された場合だと取調べ等に時間がかかれば公訴の提起(起訴)が間に合わず、結局時効となってしまう可能性もあります。
なお、時効は横領行為が終了した時点から進行し始めます。ただし、業務上横領が複数回にわたって行われていた場合、必ずしも最後の横領行為から一律に時効が進行するわけではありません。例えば、横領行為が長期間にわたる場合、各横領行為が包括一罪と認められるには、それらが日時や場所等で近接している必要があります。もし包括一罪と認められた場合には、最後の行為時点から時効が進行しますが、そうでない場合には各行為がそれぞれ独立した罪(併合罪)として扱われ、それぞれの行為時点から個別に時効が進行することになります。
実際に、約2年間にわたり50回にわたって少額ずつ業務上横領が繰り返された事案において、包括一罪ではなく併合罪が成立すると認められた裁判例もあります(最判昭和30年10月14日)。このため、会社側としては、横領が長期間継続する可能性がある場合でも、各行為が個別に時効を迎えるリスクに留意し、早期の告訴や捜査による立証および証拠の確保に努めることが重要です。
業務上横領罪は被親告罪、すなわち理論上は告訴が無くとも公訴提起(起訴)される罪です。そのため、実際には告訴により発覚することが多い罪ではありますが告訴時効(犯人を知った日から6か月)の適用はなく、上述の公訴時効期間(7年間)であればいつでも告訴することが可能です。
また、捜査機関が一度捜査を開始しても、公訴時効の進行が停止されるわけではありません。公訴時効はあくまで公訴権が行使できるかに関わる制度であり、実際に起訴が行われた時点でのみ進行が停止します(刑事訴訟法254条)。したがって、時効が迫っている場合には、早期に告訴を行うことで、捜査の促進を図ることが重要です。捜査の進展によって新たな証拠が発見されたり、他の共犯者の存在が明らかになったりすることで、捜査が長引く可能性もあるため、会社側としても迅速な対応が求められます。
(2)民事:損害賠償請求の時効
従業員による業務上横領は、民法上は会社に対する不法行為(民法第709条)に該当します。そのため会社による従業員への損害賠償請求は「横領の事実と犯人を知ったときから3年間」または「横領があったときから20年間」のいずれか早い方の時効にかかります(民法第724条)。
例えば、従業員が会社の資産を長期間にわたって着服し、その事実が発覚するまでに数年が経過していた場合でも、「犯人を知った時点から3年間」の期間内であれば損害賠償を請求できます。一方、横領が発生してから20年以上が経過していた場合は、事実を知っていても時効にかかるため、請求ができないことがあります。
また、民事での損害賠償請求に関しては、会社が横領による損害額を立証する必要があります。具体的には、着服された資金の流れや使用目的の記録、横領が行われた経緯や時期を明確にし、証拠として提出する必要があります。このため、横領が発覚した時点で速やかに内部調査を行い、関係資料を保全することが重要です。
さらに、損害賠償請求の際には、横領により会社が被った損失だけでなく、発覚後に会社が調査に要した費用や、業務に与えた影響についても賠償を請求できるケースがあります。そのため、横領の被害が発覚した段階で、すぐに弁護士に相談し、適切な対応を取ることが、損害回復のためには不可欠です。
業務上横領が起きたときの会社の対応について弁護士が解説も併せてご覧ください。
4業務上横領への対応は弁護士にご相談ください
業務上横領はその規模によっては会社の存続にかかわる損害をもたらすばかりか、他の従業員の業務への支障・士気の低下や、企業への信頼にも関わってきます。また、会社が信頼して財産の管理を任せていた従業員による行為となると、経営者の方としては裏切られたというショックをお感じになられることと思います。
ですが、刑事告訴が被害弁償のきっかけとなることがあります。つまり、本記事で紹介した裁判例からもうかがえる通り、被害弁償の有無やその金額が量刑に大きく影響することから、告訴をすることで(被告人である従業員についた)弁護人を介して被害弁償についての交渉が進む場合があり、結果として告訴をすることが会社に生じてしまった損害を回復させることにも繋がりうるということです。
弁護士法人リブラ共同法律事務所の顧問契約は、顧問先の企業・法人様に対して、横領の予防・早期発見のための体制づくりから横領が疑われている際の社内調査、横領発覚後の会社から当事者への指導、協議だけでなく刑事告訴や民事訴訟対応まで幅広くサポートいたします。
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