情報通信(IT)

1 情報通信(IT)業の労務リスク

情報通信業界においては、長時間労働の改善が課題とされています。
厚生労働省の「毎月勤労統計」によれば、全産業の月間実労働時間は138.8時間であるのに対して情報通信産業では155.0時間となっています。働き方改革のなか若干の減少傾向にはあるものの、未だ「鉱業・採石業等」「建設業」「運輸業、郵便業」「製造業」に次ぐ長さで、未だ問題視されているところです(厚生労働省「毎月勤労統計」令和元年度確報)。
  
情報通信業界の長時間労働の理由としては、⑴複数のエンジニアのチームでソフトウェア開発等の業務を進めることが多いため、作業の進捗や製品の品質管理の体制を整えることが難しい、⑵業務に従事する場所が、開発プロセスによっては自社ではなく顧客先になることもある(客先常駐)、⑶開発プロセスの一部または全部を他社に委託する構造が取られがちである、といった業界特有の特徴が挙げられます。
  
しかし、これらの事情を理由に従業員の勤怠管理を適切に行わないままでいると、多額の残業代請求を受けるリスクがあります。近年は労働者の権利意識が高ま
っていることもあり、元従業員が未払い残業代の支払いを求めて退職した会社を訴える事案は増加傾向にあります。そして、長時間労働になりがちな業界では一人の元従業員から数百万円単位で残業代の支払いを求められることもあります。
  
加えて、情報通信業は上記の事情から従業員のメンタルヘルス問題が生じやすい業界とも言われています。もし長時間労働が原因となれば労災にあたる可能性が高く、会社は責任を免れません。

2 導入しうる賃金制度

従業員の労働時間・残業代の削減を目指すために、賃金制度を見直すことが考えられます。

(1)フレックスタイム制

フレックスタイム制は、一定の期間(清算期間)についてあらかじめ所定労働時間を定めておき、その範囲内で、労働者が自ら日々の労働時間を決定することを認める制度です。例えば、ある日の労働時間が10時間になったとします。1日の労働時間を8時間と定めている会社ではこの時点で2時間分の残業代が発生しますが、フレックスタイム制を導入した会社では清算期間内の別の日に6時間で業務を終了することで残業代が発生しないことになります。そのため、会社にとっては残業代削減効果が見込まれますし、チームで仕事を行うことから一日毎の業務量が一定でないとされているITエンジニアにとっても、より効率的に業務を進めやすくなるというメリットがあります。
  
他方で、この制度を採用すると、従業員に対して、出勤および退勤時刻を指定したり、残業を命じたりすることができないことには注意しなければなりません。たとえば、定期的な会議などが必要であれば、従業員の同意を得るか、勤務すべき時間帯(コアタイム)を定めてその時間帯の中で行うことになります。また、深夜割増賃金の支払いを避けるためには、従業員が勤務できる時間帯(フレキシブルタイム)を深夜帯以外に指定することになります。
  
また、清算期間における合計労働時間が、あらかじめ定められた清算期間における法定労働時間を超過した場合には、超過時間について割増賃金の支払が必要になることにも注意しなければなりません。

(2)固定残業代制度

勤務時間が不規則になりがちな情報通信業においては、固定残業代制度の導入も考えられるところです。固定残業代制度とは、毎月一定時間の残業をしたとみなして、各割増賃金に相当する手当(固定残業代)を定額で支払うという給与制度です。事務作業の負担軽減、毎月の支払賃金の安定、といった効果が見込まれることから、長時間労働になりがちな情報通信業界でもよく導入されている制度です。
  
しかし、固定残業代制度が法的に有効といえるためには、①基本給と手当が明確に区別されていること、②手当が何時間分の割増賃金に相当するのかを就業規則や労働契約書に明記されていること、③固定残業代相当分を超える労働をした場合には超過分に対する割増賃金が支払われること、といった要件があることに注意しなければなりません。
  
固定残業代制度の有効性は実際の紛争でも争点とされることが多く、会社としては固定残業代制度を導入したつもりでも、上記の要件を充たさないために制度の有効性が認められなかったケースもあります。こうしたケースでは、固定残業代が基本給の一部に含められてしまい、その結果、会社の想定する基本給よりも高額の基本給を前提に割増賃金を計算されて高額な未払残業代の支払いに応じなければならなくなります。
  
どのような制度の導入が最適であるかは、各々の企業の実態によって異なります。
また、いずれも、導入には厳格な要件が求められる制度ですので、導入に際し労使間のトラブルを回避しつつ、制度の有効性を確保するには、関連法規や最新の裁判例に通じた顧問弁護士へのご依頼をお勧めいたします。
  
弁護士法人リブラ共同法律事務所では、現在の社内規定について労務上のリスクの有無を判断し、賃金制度改革に向け具体的なご助言をさせていただきます。
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