退職した従業員の競業避止義務

退職した従業員の競業避止義務

「独立するという従業員に競業行為を制限するにはどうしたらよいか」

「退職した元従業員が競合他社に自社のノウハウを持ち込んでいるのではないか」

「元従業員が在職中に得た顧客情報を利用して営業回りをしている」

…このようなお悩みをもつ法人・企業様はいらっしゃいませんでしょうか。

現在、「一つの会社で定年まで勤めあげる」終身雇用制度はすでに崩壊したといわれています。採用した従業員が転職してさらなるキャリアアップを目指したり独立・起業したりすることも珍しくなくなり、人材は以前よりも流動的なものになったと考えられます。

こうした社会の変化を経て、退職した元従業員による競合行為のトラブルが増加しています。

この記事では、札幌市近郊で企業側の労務問題に注力している弁護士法人リブラ共同法律事務所の弁護士が、元従業員とのトラブルの中でも特に競業避止義務違反が問題となるケースについて、その類型と対策を解説いたします。

 

従業員の競業避止義務と秘密保持義務

労働者は雇用契約に付随する「使用者の利益を不当に侵害してはならない」、という信義則上の誠実義務のひとつとして、「同業他社への就職」「同業他社での副業」「営業秘密を利用した競合企業の設立」などの競業行為をしてはならない、という競業避止義務、また業務上知り得た秘密を漏洩してはならない、という秘密保持義務を負います。

競業避止義務と秘密保持義務は別のものではありますが、実務上問題となる場面は重なり合うことも多いです。

 

従業員の退職で発生しうるトラブル

退職する従業員においては、その後の転職や独立に目が向いて、相対的に元の会社とは必ずしも円満な関係を保たなくとも構わないという思考に陥ることも珍しくありません。そのため従業員が退職することそれ自体が、その理由・経緯に関わらず以下のような紛争を招くリスクをもたらすものと認識したほうがよいでしょう。

(1)同業他社での競業

退職した従業員がその後競合他社に就職したり、独立して競合したりすると、在職中に築いたノウハウ、技術、人脈(取引先、顧客)などが奪われてしまい、会社の利益が損なわれる可能性があります。ですが、上述の競業避止義務はあくまで雇用契約に付随するもので退職=契約終了後については制限が及びません。

そこで、従業員が退職する際に、退職後も一定期間の競合他社への転職や独立を禁止する旨の合意書や誓約書を作成することで引き続き競業避止義務を課し、これに反した行為があった場合には損害賠償請求や差止請求を行うケースがあります。

もっとも、元従業員側には憲法で保障される職業選択の自由(憲法第22条第1項)があるため、個別に従業員と退職後の競業避止義務に関する合意があっても無条件に効力が認められるわけではなく、合意が合理的なものであることを要します。この合理性の有無は「競業を制限する必要性」「制限を課す期間」「制限の場所的範囲」「制限を課す職種」「当該従業員の在職中の地位」「制限に対する代償の有無」などを考慮して判断されます。

(2)従業員の引き抜き

退職する従業員が同僚を引き抜いていく行為も(1)の競業行為の一類型と考えられますが、そもそも優秀な人材に現在の会社よりも良い条件を示して他社に勧誘すること自体は通常の企業活動の一つとして認められるべきですし、引き抜かれる側の従業員の職業選択の自由にも配慮しなければなりません。

ですが、引き抜かれた人数、引き抜いた従業員および引き抜かれた従業員の地位によっては、会社の業務が回らなくなってしまい重大な損害を被ることになりかねません。

そこで、裁判例においては、退職前の引き抜き行為について「単なる転職の勧誘を超え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的な方法で行われた場合」に違法性が認められ、上述の人数、地位のほか転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性)なども考慮して背信性を判断します(東京地裁平成3年2月25日判決、ラクソン事件)。また、競業避止義務が認められない場合の退職後の引き抜き行為についてはさらに限定的に、「元従業員等の競業行為が雇傭者の保有する営業秘密について法の定める不正取得行為、不正開示行為に該当する場合」「社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で雇傭者の顧客等を奪取したとみられるような場合」「雇傭者に損害を加える目的で一斉に退職し会社の組織的活動が機能しえなくなるようにした場合」等に違法性が認められ、会社の被った損害を賠償する責任を負うことがあると判断されています(東京地裁平成6年11月25日、フリーラン事件)。

なお、こうした引き抜きも競合行為のひとつとして退職後にこれを禁止する旨の合意をすることも出来ますが、上述の通り合理的な範囲で定められなくてはなりません。

>>従業員の引き抜きについてはこちらもご覧ください

(3)顧客の奪取(顧客情報の不正使用)

元従業員が在職中に得た顧客情報を利用して営業を行う、元々の自身の顧客に転職先との取引への切替えを求める、といったケースが考えられます。

こうした顧客の奪取行為についても、合理的な範囲で定められた元の会社との合意で禁止される行為に含まれるときには上記(1)(2)と同様に競業避止義務違反として構成しうるほか、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する手法でなされれば不法行為に基づく損害賠償責任を問えますし、顧客情報が不正競争防止法上の「営業秘密」(同法第2条第6項)に該当すれば同法の罰則や損害賠償請求、差止請求の対象になりえます。

 

退職による紛争リスクの発生予防策

従業員の退職がきっかけで生じうる競業行為を巡る紛争については、在職中の段階から実際に元従業員が行動を起こした段階に至るまで、様々な場面で予防ないし被害拡大防止のための対策が考えられます。

①入社時、在職中に出来ること

以下の例のように、従業員に競業避止義務や営業秘密の重要性について正しく理解してもらい、会社が競業避止義務に反する行為に対してどのような姿勢をとっているかという点を日ごろから周知しておくことが重要です。また、他の従業員が不正をいち早く報告できるよう、内部通報窓口を整備することも対策として有用です。

(対応の例)

・就業規則、雇用契約書に競業避止義務を規定・周知

・異動や昇進、特定のプロジェクト参加時などに競業避止義務に関する誓約書を作成

・情報セキュリティの強化(情報セキュリティポリシーの策定、端末利用のルール整備など)

・情報の取扱いに関する社内研修

・内部通報窓口の設置

②従業員が退職を決意したら

退職前でも、すでに顧客奪取、引き抜き、情報の持ち出しなどの準備を進めている、あるいは実行に移しているケースもあります。退職の意向を伝えられた会社側としては、日ごろから周知してきた競業避止義務等の順守について改めて認識してもらう機会を設け、また退職時に合意に抵触する行動が無いかチェックできる体制を整えておくことが大切です。

(対応の例)

・誓約書、就業規則の再確認

・退職後の秘密保持および競業避止義務に関する合意書作成

・社内パソコンデータのログの確認

・資料や貸与した端末等が全て会社に返還されているか確認

③退職後の対応

退職後の競業行為については職業選択の自由を尊重する観点から、在職中の場合と比べて裁判等になっても違法性が認定されるハードルは上がりますし、そもそもすでに退職した元従業員の行動を追い、競業行為を立証することが難しいケースも多いです。紛争の防止、早期解決のためには上記①②を経たうえで証拠収集の観点から更なる対応を考えていくことが大切です。

(対応の例)

・インターネット、SNSの書き込みの確認(元会社への誹謗中傷対策にも)

・元従業員による競合他社の営業を受けた顧客からの聴き取り、記録化

・引き抜きを持ち掛けられた従業員からの聴き取り、記録化

 

元従業員との紛争予防・解決は弁護士法人リブラ共同法律事務所へご相談ください

元従業員による競業行為は会社に重大なダメージを与えかねない問題です。もし差止請求や損害賠償請求が功を奏したとしても、被った損害や失った信用を回復できるとは限らないため、在職中から継続して対策をとり続けることが重要です。特に雇用契約書や就業規則、誓約書や合意書といった書面には競業避止義務について必要な内容が漏れなく記載されていなければならず、関連法規や裁判実務といった専門的な知識を有する専門家のサポートのもとで作成することが将来の重大なトラブル予防・回避に役立つものと考えます。

弁護士法人リブラ共同法律事務所では、顧問先企業様のご状況を踏まえた企業内研修、各種書面の改訂等を通して紛争リスク軽減へ向けた体制構築をサポートいたします。

また、万が一紛争化してしまった際にも迅速な証拠収集、協議・交渉、訴訟対応により損害の拡大防止に努めてまいります。

元従業員の競業行為についてお悩みの札幌市近郊の企業様は、使用者側の労働問題の予防・解決に注力する弁護士法人リブラ共同法律事務所へぜひご相談ください。

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