残業代請求対応・未払賃金対応について会社側の弁護士が事例を用いて解説

残業代請求対応・未払賃金対応

「突然、従業員から残業代を請求されてしまった」

「労働基準署から警告書が届いてしまった」

残業代・未払賃金の問題は、高額な訴訟にも発展する可能性のある重要な問題の一つです。残業代・未払賃金を請求された場合、使用者側が圧倒的に不利であるということを認識しておかなければなりません。もし、従業員に対して残業代を支払わずに残業させていることが労基署に発覚した場合には、是正勧告を受けることになります。勧告に従わずに放っておくと、書類送検をされ、法的に罰せられてしまうおそれがあります。

そのような請求をされた場合に大切なことは、第一に従業員の請求を無視しないということです。請求を無視してしまうことで、労働基準署に連絡が入り、立ち入り調査に入られたり労働審判を申し立てられたりすることがあるからです。次に従業員の主張や労基署からの勧告に対して事実関係を整理し、然るべき対応を取る必要があります。主張の中には、残業代の算定が誤っていたり、不必要な時間外労働が含まれている場合もありますので、要求すべてに応じる必要はありません。

残業代・未払賃金に関するご相談が特に多い業種

残業代や未払賃金について、ご相談を頂くことが多い業種としては以下が挙げられます。

いずれも不規則な勤務体制や長時間労働になりがちな環境にあることが特徴で、勤怠管理を疎かにすると多額の残業代・未払賃金請求のリスクが生じてしまいます。

建設業

従業員の方が自宅から直接現場へ向かう(帰る)、といった働き方をされていることが多いです。そのため労働時間の把握がしづらい、残業代の計算について労使間の認識のずれが起こりやすい、といった特徴があります。

参考:建設業が抱える労務リスク・契約内容の見直し

製造業

2交代制などのシフト制が敷かれていることが多い工場での業務は、人手不足が原因で、「製造ラインを止めないため」「工場の稼働を維持するため」…と、長時間労働が続いてしまっていることがあります。

✅情報通信(IT)業

情報通信業には、「複数のエンジニアのチームで業務を進めるため作業の進捗や製品の品質管理の体制整備が難しい」、「開発プロセスによっては自社ではなく顧客先での業務になることがある(客先常駐)」、「開発プロセスの一部または全部を他社に委託する構造が取られがち」、といった状況から労働時間の把握が難しくなる傾向があります。

参考:情報通信(IT)業の労務リスク・導入しうる賃金制度

運輸・郵便業

バスやタクシーの運転手の業務や長距離輸送を伴うトラックによる配送などの運送業は、業務時間自体が長時間となりやすいうえ不規則な勤務・深夜帯の勤務も発生しがちであることから、残業代を含む割増賃金が発生しやすい職種です。

参考:運送業の残業代請求対応・未払賃金対応

宿泊・飲食業

24時間体制で業務にあたることが通常である宿泊業や、24時間営業でなくとも昼食~夕食の時間帯までの営業に加えて仕込みや清掃等の接客外の業務も発生する飲食業も、長時間労働が常態化しやすい業種です。また、多店舗展開している企業ではいわゆる「名ばかり管理職」による未払残業代請求も問題になりやすいです。

教育・学習支援業

教育・学習支援業、特に学校や学習塾での仕事は、学習指導以外にも保護者対応・部活動指導などの業務も多く、長時間労働に陥りやすい傾向にあります。

医療・介護福祉業

病院や施設の24時間体制を維持するために不規則な勤務体系がとられるほか、緊急の対応も発生しがちな医療・介護福祉業もまた、未払賃金・残業代請求の問題が発生しやすい業種といえるでしょう。

参考:弁護士による介護事業所・社会福祉施設向けトラブル防止・解決サイト

サービス業

接客を主とし、ときには時間を問わず顧客からの要求に応えなければならないサービス業も、長時間労働が発生しやすいといえます。また、繁閑の差を考慮した不規則な勤務形態がとられる企業も多いです。

従業員から未払賃金・残業代を請求されたら?

従業員本人から未払賃金・残業代を請求された段階の対応を誤ると、労働審判を申し立てられたり訴訟になったりと、紛争の長期化につながってしまいます。もし訴訟で従業員の請求が認められたときには遅延損害金や付加金など、当初請求されていたよりも多額の支払いを命じられてしまうこともありますので、決して無視することはせず速やかな対応を取る必要があります。

とはいえ、従業員本人が給与を計算して請求してきたケースでは、請求自体に根拠が無かったり、計算方法が誤っていたりすることも多いです。

従業員に言われるまま支払いに応じてしまうのではなく、毅然とした態度で吟味することが大切です。

例えば、以下に当てはまっている場合は会社から反論が出来る可能性があります。

✅賃金請求権の消滅時効が完成していないか

✅従業員が残業していた主張とする時間が「労働時間」と認められるか

✅会社が残業を禁止していた時間について請求されていないか

✅固定残業代(定額残業代、みなし残業代)が支払われていないか

✅従業員が管理監督者に該当しないか

✅みなし労働時間が適用されないか

※具体的な反論内容については後述の裁判例の紹介のほか、こちらの記事『未払残業代請求に対して会社側が反論できるケースもご参照ください。

資料の開示を求められたら?

未払賃金・残業代の支払いを求める従業員から、タイムカードや就業規則などの資料の開示を求められることがあります。

この点について会社が開示に応じなければならないという法律上の義務を負っているわけではありません。ですが、もし労働審判や訴訟になったときには会社の対応が不誠実であるとして裁判官の心証はどうしても悪くなってしまいますし、従業員側の主張する推定的な計算方法で労働時間が認定される危険があります。また、下級審の裁判例では「使用者は、労働基準法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、…労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り、保存しているタイムカード等を開示すべき義務」を負うとし、これに反した会社の不法行為責任を認めたものもあります(大阪地方裁判所平成22年7月15日判決)。

労働基準監督署の調査や指導があったら?

残業代・未払賃金があるときには、従業員の申告で労働基準監督署の調査(申告監督)が入ることも想定されます。調査の結果、法令違反はなくとも改善の必要があると判断されると「指導票」が交付され、後日、改善報告書の提出が求められます。

労基署の調査は、労働基準監督官が事業所等への立ち入り(「臨検」と呼ばれ、事前に通知されることが殆どですが、抜き打ちで行われることもあります)、または当事者を労基署への呼び出しのうえ、帳簿の確認や質疑応答などを通じて、勤務実態を確認するものです。「臨検を拒む、妨げる、忌避する」「出頭しない」「尋問に対して陳述しない、または虚偽の陳述をする」「帳簿書類の提出をしない、または虚偽の記載をした帳簿書類を提出する」といった行為は労働基準法が定める罰則の対象となりますので、丁寧に対応する必要があります。

なお、調査の結果、法令違反が明らかであれば是正勧告がなされることになります。

是正勧告それ自体に法的拘束力はなく、これらに従わないことに対する罰則はありません。ですがここで是正勧告の対象となる「(残業代を含む)割増賃金の未払い」はれっきとした労働基準法違反であり罰則も定められています。ですから、勧告を無視し続けていれば労働基準監督官により送検され、刑事裁判に発展するおそれがあります。また、送検されなくとも企業名が公表されることもあります。よほど悪質なケースでもない限り、速やかに法令違反を解消・報告すれば送検や公表といった事態にはなることはありませんので、是正勧告にはきちんと対応していきましょう。

弁護士から残業代・未払賃金を請求されたら?

従業員が弁護士を通して残業代・未払賃金を請求してきた際も、まずは本当に支払うべき残業代・未払賃金を計算し、請求内容を吟味すべきであることに変わりありません。

もっとも、弁護士がはじめに会社に送る連絡書面には期限を設けて(例:2週間以内、●月●日までに、●●日以内に、など)未払い分の支払いや資料の開示を求める記載があることがほとんどです。放置すれば任意交渉が決裂したと判断されて裁判所を通した証拠保全の手続を取られたり、労働審判や訴訟に移行したりと、話合いベースでの柔軟な解決が難しくなってしまうこともあります。

会社側としては突然弁護士からの書面が届いて焦ってしまうかと思いますが、期限内の対応が難しいと感じられたときこそ、例えば、「資料の準備をしているので待ってほしい」「こちらも弁護士に相談したいため、時間が欲しい」…といった旨を連絡し、交渉に誠実に対応する意思を伝えることが大切です。

なお、事案によっては

✅「当該従業員は残業を主張している時間中、一切業務を行っていなかった」

✅「未払賃金請求権の全部または一部が時効により消滅している」

✅「当該従業員は管理監督者に該当し、労働時間に関する労基法の規定は適用されない」

✅「就業規則に基づき、割増賃金に代えて基本給とは別に手当を支払っている」

…、といった反論が想定しうる場合もあるでしょう。そのようなケースでは代理人弁護士に対して法的な根拠や客観的な証拠に基づき主張していく必要があります。

いずれにしても従業員が弁護士をつけて残業代・未払賃金を請求してきた際は、会社側も交渉に長けた弁護士に依頼して、労働審判や訴訟も見据えた対応にあたることが多いです。

残業代請求がなされた事案で会社側の反論が認められた裁判例

⑴残業禁止の業務命令に反しているとの反論が認められた事例

東京高裁平成17年3月30日判決(神代学園ミューズ音楽院事件)
音楽家を養成する専門学校の従業員、元従業員が専門学校に対して残業代を請求した事案で、(割増)賃金算定の対象となる労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下にある時間」または「黙示の指示により業務に従事する時間」であるとの基準を示しました。この事案では学校が従業員と36協定を締結しておらず、それを理由に朝礼で残業の禁止、および残務がある場合は役職者に引き継ぐ旨の指示をしていた事実があったため、裁判所は従業員らが学校の明示の残業禁止の業務命令に反する時間外労働をしていたとし、その時間を労働時間と認めませんでした。

⑵固定残業代が支払済みであるとの反論が認められた事例

東京高裁平成27年12月24日判決(富士運輸事件)
トラック運転手として雇用されていた元従業員が運送会社に対して未払残業代を請求した事案で、会社は「各種割増手当」としてすでに支払っていると反論しました。裁判所は、事務室の無施錠のキャビネット内に割増賃金を含む賃金体系を定める就業規則や賃金規程が備え付けられ、運転手にもこの就業規則等のコピーを取得することが出来る状況にあったとしてその周知性を認めた一審の判断を維持し、さらに会社が従業員雇用の際に集団就職説明会等でこの賃金体系について説明していたこと、労働契約書にも所定外労働に対する賃金として各種割増手当を支給する旨記載されていたことから従業員側も割増賃金が手当として支払われることを認識・了解していたと認定しました。そして請求期間において実際に支給を受けた「各種割増」額が労基法所定の方法で算出した割増賃金を上回っていることを確認し、会社の主張通り未払残業代はないと判断しました。

⑶管理監督者に該当するとの反論が認められた事例

東京地裁平成19年3月22日判決(センチュリーオート事件)
自動車の修理及び整備点検、損害保険代理等を営む会社で営業部長の職に就いていた元従業員が、未払残業代の支払い等を求めた事案で、営業部長が「管理監督者」であるかどうかが争われました。裁判所は、営業部長が従業員の出欠勤の調整など管理業務を担当していたこと、タイムカードは打刻していても遅刻・早退等を理由に基本給が減額されることは無かったこと、会社の代表者および5~6名程度の部門責任者のみを構成員とする経営会議やリーダー会議にメンバーとして出席していたこと、代表者と工場長2名に次ぐ額の給与が支払われていたこと、および最終的な人事権があったはいえないものの営業部に関して代表者の人事権行使の手続・判断の過程に営業部長の関与が求められていたことから、営業部長は「管理監督者」であるとして、その残業代請求を認めませんでした(未払があったのは会社も認めている退職前1か月分の給与のみとされ、その限りで請求を認める判決)。

弁護士法人リブラ共同法律事務所の企業労務顧問・労務相談

ここまでは残業代・未払賃金請求がなされた場合について、主に初動対応の注意点を説明いたしましたが、会社にとってさらに重要なのは、すでになされた請求への対応と並行して現在の労働時間管理の方法や賃金制度の見直し・是正を行うことです。もしこれらに問題があった場合、放置していると他の従業員から第二、第三の請求がなされることも考えられ、多額の支払いに応じざるを得なくなってしまうリスクが高くなるからです。

弁護士法人リブラ共同法律事務所は、企業側の立場からの労働問題の予防、解決に力を入れています。

当事務所にご依頼いただいた後は、従業員側からの残業代・未払賃金請求に対して、使用者の代理として交渉にあたります。未払いの残業代がある場合は、適切な残業代を算出した上で、従業員側に反論をいたします。

また当事務所では、請求を受けた後の交渉はもちろんのこと、トラブルを未然に防ぐための就業規則の整備や職場環境の改善に関して、法的な見地から適切なアドバイスを致します。残念ながら多くの中小企業では、労働環境が十分に整備されているとは言いがたい状況です。弁護士が入ることで、経営者の代理となって、労働環境の整備を行います。

「経営者は孤独である」と言われるように、多くの経営者が誰にも相談できずに悩まれていらっしゃいますが、弁護士が親身になってアドバイスを致しますので、ご安心ください。
経営者側の労働問題に注力している当事務所までご相談ください。

関連ページ

札幌市で顧問弁護士をお探しの方へ

残業代の計算方法

残業代請求を和解で解決したい

固定残業代制度の有効性

お問い合わせはこちら

Website | + posts

当事務所では、使用者側(経営者側)の労働事件に注力して業務を行っております。問題社員対応、残業代請求、解雇・退職勧奨、各種ハラスメント等の人事労務問題でお悩みの方は、労務顧問に注力している当事務所までご相談ください。

当事務所の顧問弁護士サービス
解決事例

関連記事はこちら