業務上横領が起きたときの会社の対応について弁護士が解説

従業員・役員が会社のお金を横領した

会社の役員や経理担当者などの従業員による横領行為は、重大な非法・違法行為であるばかりか、ときには会社の不祥事として社会的な問題にまで発展してしまうケースもあります。そのため、横領が発覚した場合の対処は、企業にとって重要な課題となるでしょう。

そこで、こちらでは、会社の役員や経理担当者などの従業員が会社のお金を横領した場合の、会社の対応のポイントを、札幌市近郊で使用者側の労務問題に注力する弁護士が説明いたします。

1 横領罪の類型

横領とは、「自己の占有する他人の物を、不法に自分のものにすること」です。

刑法で規定されている横領罪の類型には①単純横領罪(刑法第252条第1項)、②業務上横領罪(刑法第253条)、③遺失物等横領罪(刑法第254条)の3つがありますが、企業において問題となる横領罪のほとんどは、②の業務上横領罪です。というのも、業務上横領罪における「業務」とは、「委託を受けて他人の物を占有することを内容とする事務を反復継続して行うこと」を意味するところ、会社の経理事務や売上金の管理業務、商品代などの集金業務といった仕事がまさに業務上横領罪のいう「業務」に該当するからです(一方、金銭の管理を任されていない従業員が金庫内のお金を持ち出すことは業務上横領ではなく、窃盗罪にあたります)。占有が業務上の委託信任関係に基づくことから、業務上横領罪は単純横領罪の責任加重類型とされ、「10年以下の懲役」という上記3類型のうち最も重い刑が定められています。

2 業務上横領をした者に対する会社の対応①(懲戒処分)

業務上横領をした経理担当の従業員に対しては、まず就業規則に基づく懲戒処分を行うことが考えられます。

懲戒処分の種類には戒告、減給、出勤停止、降格、解雇といったものがありますが、業務上横領に対する懲戒処分として選択されることが多いのは、懲戒解雇や懲戒減給です。

ただし、懲戒処分は就業規則に基づかなければならず、いずれの懲戒処分を下す場合も、就業規則に会社が一定の場合に労働者に懲戒処分をすることができる旨と、処分の種類および程度についても規定しておくことが必要です(労働基準法第89条第9号)。そのため、業務上横領をした従業員に対して会社が懲戒処分を検討するにあたっては、まずは就業規則に懲戒処分に関する規定があるかを確認しましょう。

(1)対応方法:懲戒解雇

懲戒解雇は従業員にとって、仕事を失い生活を脅かされるばかりではなく、再就職に影響することもあり、懲戒処分の中でも最も厳しいものといえます。そのため、従業員から懲戒解雇の効力を争う労働審判や訴訟を起こされ、裁判所から懲戒解雇の要件を満たしていないと判断されると、解雇が無効となり、当該従業員を解雇できなくなるばかりか、解雇期間中の未払い賃料を支払わなければならなくなるおそれもあります。

解雇が有効と判断されるには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる必要があります(労働契約法第16条)。懲戒解雇の相当性の有無は、被害額や横領行為の回数・期間、横領した従業員の地位や勤怠状況、従業員に懲戒解雇の根拠の説明や弁明の機会を与えたか否か、過去の懲戒事例の比較、といった要素を考慮されるほか、裁判例や同業他社における先例なども照らして判断されることになりますので、解雇の有効性を主張するには、労働関連の法律の知識や労働問題を取り扱った経験が必須です。

(2)対応方法:懲戒減給

解雇に比べれば軽い処分といえますが、減給もまた従業員の生活を支える収入に大きな影響を及ばすものです。そのため、労働基準法は懲戒減給ができる限度を、(ⅰ)1回の減給額は平均賃金の一日分の半額まで、および(ⅱ)減給の総額は賃金の総額の10分の1まで、と制限しています(労働基準法第91条)。

3 業務上横領をした者に対する会社の対応②(損害賠償請求)

業務上横領をした役員や経理担当の従業員に対しては、損害賠償請求をして民事上の責任を追及することも考えられます。
しかし、業務上横領は他の横領の類型と比較して被害金額が高額になりやすく、従業員が発覚時に横領した金銭を使い切ってしまっているような事案では、回収が難しくなるという特徴があります。そこで、従業員の支払能力がない場合の対処法について説明します。

(1)給与との相殺・退職金の不支給

企業としては、従業員に支払う給与と損害賠償請求権とを相殺して回収をしたいと考えられると思います。しかし、労働基準法は、労働者に生活を支える財源を確保する観点から、賃金は労働者に全額、直接支払わなければならないという「賃金全額払いの原則」を定めています(労働基準法第24条第1項)。賃金と従業員に対する損害賠償請求権との相殺についても、この原則の趣旨に鑑みて、従業員が自由な意思に基づき同意した場合にのみ認められ、この同意の存在については厳格に判断するのが判例です。(最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決)。横領をした従業員に損害賠償を求めている場面で、従業員が会社から強制されずに自ら望んで相殺に応じたことが客観的に明らかであると立証するのは困難と言わざるを得ません。

そこで、従業員に支払う退職金を減らす、または不支給として回収することも考えられます。しかし、退職金は「給与の後払い」の性質と「功労に対する報償」の性質を併せ持っています。そこで、前者の性質に鑑み、退職金を全部または一部不支給とする扱いと不支給事由を退職金規定の中に明記しておくことが必要です。また、後者の性質に鑑み、裁判例ではこのような退職金の不支給規定を適用するには合理的理由が求められており、従業員のそれまでの「勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があること」が必要とされています(東京高裁平成15年12月11日判決)。裁判例においては、退職金の全額の不支給はなかなか認められず、6~7割程度の減額となることが多いです。

(2)身元保証書の作成

横領された金銭の回収可能性を少しでも高めるために、事前に身元保証書を作成しておく方法があります。具体的には、従業員が入社する際に、「会社に対して損害を加えた場合には、身元保証人に対して損害賠償を請求できるものとする」といった内容の契約書面を作成しておくことで、従業員に心理的なプレッシャーを与え、不正の抑制を図るものです。

ただし、身元保証契約は、保証人にとっては従業員が「いつ」「どのような」責任を負うのか予測できないことから、改正民法上の「根保証契約」に該当します。そのため、改正法が施行された令和2年4月以降の身元保証契約は賠償の上限額(極度額)を定めなければ無効となる(民法第465条の2第2項)ため、業種や従業員の業務内容によって適切な金額を定めましょう。また、契約期間についても定めがない場合は3年、定める場合も5年までとするよう決まっており(民法第465条の3第1項、同第2項)、契約書に5年以上の記載をしても最長5年で効力を失うほか、自動更新もできないことに注意が必要です。

さらに、身元保証人の責任の範囲は、できるだけ限定する方向で判断されます。会社の過失や身元保証契約に至った経緯、身元保証契約締結時の説明・注意喚起の状況などを考慮され、身元保証人の賠償額が全体の2割~6割程度まで減額された裁判例もあります。

(3)給与の差押え

横領した従業員が退職した後で、支払いが滞った場合は、元従業員が再就職先で得ている給料を差し押さえる方法もあります。

給料を差し押さえるには債務名義が必要です。債務名義とは、強制執行によって実現されることが予定される請求権の存在、範囲、債権者、債務者を表示した公の文書を指します。損害賠償請求訴訟を提起し勝訴判決が確定すれば、その確定判決が債務名義となるほか、あらかじめ執行認諾文言を付した債務弁済契約公正証書を作成しておけば、その公正証書が債務名義となります。

4 業務上横領をした者に対する会社の対応③(刑事告訴)

被害額の規模や横領発覚後の役員や従業員の対応によっては、告訴に踏み切り、刑事上の責任を追及することも考えられます。

告訴とは、被害者が警察や検察に対して犯罪の事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示のことをいいます。告訴の方法としては、企業の所在地を管轄する警察署に対して告訴状を持参または郵送して提出する方法が一般的です。告訴状が正式に受理されれば、警察が捜査を開始することになります。受理してもらうためには、横領の事実を証明する客観的証拠を添付することが望ましいでしょう。

ただし、捜査が進んだ結果役員や従業員が逮捕・起訴されると、横領事件が社外にも周知される可能性が高まるため、告訴には慎重な判断が必要です。

 業務上横領をした者に対する会社の対応④(役員の解任・辞任)

業務上横領を行ったのが会社の役員であった場合には、その役員としての地位から退いてもらうことが考えられます。

役員の解任は株主総会の決議で決めなければなりませんが、家族経営だったり株主が少数だったりする中小企業の場合ならすぐに手続自体は済むでしょう(創業者が全ての株式を持っているなら書面決議も可能です)。もっとも、解任の場合、当該役員から株主総会の決議の効力を争われたり、解任に正当な理由が無いとして損害賠償を求められる余地が残ります。業務上横領という明らかな法令違反を犯したケースではあまり考えられないことではありますが、こうした後々の紛争を回避するには、まずは当該役員に自ら辞任してもらうよう求めるほうがよいでしょう。

なお、解任にしろ辞任にしろ、対外的にも役員でなくなったことを示すには、役員の変更を登記しなければなりません。

6 業務上横領が疑われるときの会社の対応の流れ

業務上横領を行った役員や従業員への責任追及の方法として懲戒処分、民事上の損害賠償請求、刑事告訴、といった方法をご紹介しましたが、いずれの方法をとるにしても、事前に十分な調査や事情聴取をして、横領の事実や被害金額を確認しておくことが重要です。

そこで、ここでは従業員の横領が疑われる場合の、具体的な対応の流れをご紹介します。

(1)横領の事実関係の調査

業務上横領が疑われる状況でまずすべきことは、①横領の有無と②被害金額の確認、です。①は横領を理由に懲戒処分をするために、②は損害賠償の請求額を確定するために確認しましょう。必要な作業は事案により異なりますが、一般的には領収書や帳簿の裏取り、レジの操作記録の保全、防犯カメラの記録のチェック、取引先への聞き取り、従業員が使っているパソコン内の情報やメールの履歴の保存、といった作業を行って確認していくことが多いです。

他方で、疑いのある者や周辺の同僚からの聞き取りは、ある程度事実関係が把握できてからにしないと、証拠を隠滅されるおそれがあります。特定の役員や従業員への疑いが濃厚になったら、自宅待機を命じたり、貸与している携帯・パソコンを回収したりすることも検討しましょう。

(2)横領した本人への確認

事実関係の調査がある程度進んだら、いよいよ横領をした疑いのある役員や従業員本人から事情の聞き取りを行います。

このとき、聴取事項はあらかじめ準備しておくと、話が混乱したり、重要なことを聞き忘れたりすることを防ぐことが出来ます。

また、対象者の発言は全て記録しておきましょう。聴取役と記録役の最低2名で聴取にあたるほか、内容を録音しておくと、証拠と発言の矛盾点などを後から発見することに役立ちます。聴取事項は事案により異なりますが、おおむね以下の点を聞き取ることが出来るようにしましょう。

  • 横領を認めるか
  • 横領の時期、回数、金額
  • 横領の手段
  • 横領した金銭の使途
  • 反省し、謝罪する意思はあるか
  • 弁償の意向があるか、資力や返済方法
  • 横領に使った書類等が残っているか
  • 横領の協力者がいるか
  • 横領の被害者が会社以外にもいるか

また、役員や従業員が会社から金銭を引き出すために架空の発注書や契約書を発行していたケースなら、これらの書類原本の提出を求めるようにするなど、本人が保管していそうな証拠についてもあらかじめ検討しておきましょう。

7 業務上横領を未然に防ぐには?

特に従業員数の少ない中小企業における業務上横領事件の背景には、「社長が役員や経理担当の従業員を信頼して会社のお金の管理を任せきりにしてしまっていた」「当該役員や経理担当者以外は社長ですら帳簿を見ることはなかった」という事情があることが多いです。いくら信頼している役員や従業員であっても、会社の財産を一人で扱い、誰にもチェックされない状況が続いていれば、「つい魔が差した」という心境になる可能性もないとはいえません。

そこで、業務上横領を未然に防ぐためには、金銭の管理、経理の担当者はなるべく複数名に任せるか、定期的に担当者を変更する持ち回り制にするといった対策が有効です。実際、年度替わり等で担当者が変わったことをきっかけに前任者の横領行為が明らかになる事例も存在しています。

人手が足りず、すぐに複数人体制・持ち回り制を敷くことが難しいのなら、経営陣が帳簿や小口現金、口座の出入金履歴などを定期的に確認し、不正の起こりにくい環境づくりを主導していくことが大切です。

業務上横領とは?|業務上横領の定義と罰則も併せてご覧ください。

8 業務上横領への対応は弁護士にご相談ください

役員や経理担当の従業員による横領は企業の資産や収益の減少という経済的損失だけでなく、調査・処分の対応による他の従業員の通常業務への支障、士気の低下や、企業に対する社会的信用の失墜といった影響をももたらす深刻な問題です。

しかし、「役員・従業員の行為が横領にあたるかどうか判断できない」「本人に事情を聴くべきタイミングが掴めない」「手口が巧妙で証拠が中々見つからない」「警察に相談したところ立件は難しいと言われてしまった」と対応に手をこまねいているうちに、当該役員や従業員が証拠隠滅をしたり、突然退職したりしてしまうと、企業にとってますます不利な状況になりかねません。

そこで、ぜひ弁護士法人リブラ共同法律事務所の顧問契約をご活用ください。

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弁護士法人リブラ共同法律事務所では、使用者側の労務問題に特化した顧問契約をご用意しております。役員や経理担当などの従業員による横領に対する適切な対応や再発防止策についてのご助言はもちろん、横領を行った方への指導、面談への同席についても対応させていただきます。

業務上横領をした役員や従業員への対応についてお悩みがある札幌市近郊の企業様は、労務問題に注力している弁護士法人リブラ共同法律事務所へぜひご相談ください。

 

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